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宮崎地方裁判所 昭和29年(ワ)215号 判決

原告

羽牟フミヱ 外三名

被告

井上真吾 外一名

主文

被告等は連帯して、原告フミエに対し金三十一万七千八百九十五円、原告昇次、良吉、美千代に対しいづれも金十七万八千五百九十六円及び右各金額に対する昭和二十九年十月二十二日から支払済に至る迄年五分の割合による金員を支払へ。

原告等その余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分しその一を原告等の負担とし、その余を被告等の連帯負担とする。

本判決は第一項に限り原告フミエに於て金十万円、その他の原告において各金六万円を供託するときは仮に執行することができる。

事実

(省略)

理由

訴外亡羽牟直は宮崎市高千穂通一丁目十五番地鉄工業有限会社金丸鉄工所に雇われ電気熔接等の業務に従事していたところ、昭和二十九年七月二十四日午前十時頃被告古川から依頼された原告主張の鉄片を電気熔接する際、それが爆発して即死したことは当事者間に争がない。原告代理人は右直の死亡は被告等の故意の行為か、そうでなくても過失に基く共同の不法行為に因るものであると主張するので検討するに、

直の死亡が被告等の故意の行為によるとの点については原告の全立証によつてもこれを認むることはできない。

而して成立に争ない甲第十三号証乃至第二十二号証の各記載と証人大江浩、難波江喜八の各証言とを綜合して考えると、被告井上は肩書住所で日南商会と称する商号を使用し、自動車タイヤーの修理並馬車、牛車等軽車輛の製作業を営んでいるもので、被告古川は昭和二十八年十二月頃から日南商会に職工として雇われ(日給二百八十円)鍛冶職等の業務に従事していたものであるが、被告井上は昭和二十九年七月二十二日宮崎郡住吉村の中原勘助から、ブレーキのついた荷馬車用の後部車輪の車軸(心棒)の製作方注文を受けたので廃品トラツクの心棒を利用して製作しようと考え、二つに切断した右古心棒の中央部に適当の資材を継ぎ合せる為、被告古川に対し、右心棒用の継ぎ合せる資材(古鉄)を古鉄商に行つて買求めて来るように命じた、それで被告古川は心棒の吋を測り同日午前十時頃予ねての取引先である訴外難波江商店に赴き積み重ねられた古屑鉄の中から直径三吋、長さ十二吋位、旧軍用の砲弾で格好な古鉄を見つけた。その砲弾は真管が抜いてあり、一部空洞になつていたが、ひよつとすると火薬が残存し、取扱つているうちに或は熔接中に爆発でもしたら大変だと思い店員に対し「大丈夫だろうか」と尋ねたところ、相手も「大丈夫でせう」と答えたけれ共、為念雇主に見せてその承諾を得る必要があるものと考え、店員の承諾を得て一旦それを日南商会に持ち帰り被告井上に示したところ同被告は「これは砲弾ではないか、大丈夫だろうか」と申し乍ら、その砲弾を倒してコンクリー卜の上に叩いてみたり、ヤスリで弾体を削つてみたりしたが、空洞部分から少量の錆が出た位で、被告古川も「大丈夫でせう」と云うので、よもや、その砲弾に火薬が充填してあつて爆発する虞れがあろうなどとは毛頭考えず、従つて火薬が充填されているか何うかを慥めず(この点は争ない)これを心棒の継合せ材料に使用することを決心し、被告古川に購入することの承諾を与えたので、被告古川は再び前記の難波江商店に行つてこれを代金百五十円で買受けた。そうして翌二十三日被告両名に於て、その砲弾を心棒の内径に合せてそれに嵌め込むように、旋盤に掛けて、その前後をそれぞれ五糎位、表面を二粍乃至三粍宛削り取り殆んど外観は砲弾に見えないように仕上げた上(被告両名が旋盤にかけて加工し、外観は砲弾と見えない形態であつた点は争ない)被告井上は、被告古川に対し右三個の鉄(これを熔接すれば車軸となるように造られたもの)を鉄工所に持參して電気熔接を依頼するように命じたが、その際熔接材料の一部に砲弾を使用していることを相手に告知するようには云わなかつた。それで被告古川は被告井上の命に従いこれを自動三輪車に積載して金丸鉄工所に運搬し前記直に対し右心棒の一部が元砲弾であることを告げないで電気熔接を依頼し(砲弾であることを告げないで熔接の依頼をしたことは被告古川の認むるところである)たことがそれぞれ認められ、右認定に副わない証人井上幸子、神代勝忠の各証言部分と、被告井上本人訊問の結果とは前顕各証拠に照し当裁判所の信用しないところで、他にこれを覆えすべき証拠はない。

以上の事実によれば被告両名は右熔接する心棒の一部鉄が元旧軍用の砲弾であることを熟知し、幾分気掛りにはなつたものゝ市販のもので真管も抜かれてあり一部空洞があつて錆を生じコンクリー卜に叩いてみたが別段のこともなかつたので火薬が残存するなど毛頭考えず、而もそれが元砲弾であることを告げないで電気熔接を依頼した為本件事故を起したものであるが、古鉄屋から手に入れた砲弾でたとえ真管が抜いてあり一部に空洞を生じ錆ついて居つても苟しくも砲弾であるからには爆薬が残存して火気に当てるときは爆発して事故を起すであろうことは通常予見されるところであるから、専問的知識を有する者の意見を求むる等万全の方法を講じて安全を確認した上、少なくとも、それが元砲弾であつたことを相手方に告知して熔接に過するものであるか否かを検討する機会を与え、事故の発生を未然に防止すべき義務があるにも拘わらず、不注意にも弾体をヤスリで削つたり、コンクリートの上に叩いてみただけで最早火薬が残存しないものと軽信し、而もそれが元砲弾であることを告げないで電気熔接を依頼した為本件事故を発生せしめたものであるから直の死亡は明らかに被告両名の共同の過失に因るものと謂わねばならない。従つて被告等は直の死亡によつて生せしめた一切の損害を賠償すべき義務のあることは謂う迄もないところである。

それで進んで損害の数額について判断する。

成立に争ない甲第一号証戸籍謄本によれば、直は大正八年十月八日生れであることが明瞭であるから本件事故発生当時同人は年令満三十五年六月余であつたことは計数上明白で、原告フミエ本人訊問の結果によれば直は生前頗る健康体で月収一万円位を得(原告代理人は此の外無料住宅の支給を受け畑も耕作していたので更に二千円位の収入があつたと主張し、このことは証人金丸市太郎の証言によつて認められるけれ共、同証言によれば、金丸鉄工所において直に対し無料の住宅を提供していたのは従業員に対する恒久的な福利施設としてその使用料を給料に含めて計算していたものではなく、住宅がなかつたので便宜鉄工所の空家に住わせて居つたに過ぎず、現にその遣族は右住宅に居住していることが明瞭であるからこれを直が従業員たる地位に附随し当然得べかりし利益の喪失と考えることは相当でない)て居り家族は妻原告フミエ(当時三十五歳)長男昇次(当時十一歳)二男良吉(当時七歳)長女美千代(当時二歳)の五人暮しで(此の点は争ない)直の生活費は月二千五百円位であつたことが認められるので、月々金七千五百円の純益収入があつたわけである。ところで満三十五歳の男子の将来の生存年数が三十年を下らないであろうことは当裁判所に顕著な事実であるから、直は本件事故がなければ少くとも尚三十年の余命を保つて金丸鉄工所に勤務し年額九万円の純収入を上げ得たわけである。それで三十年間の純収入は二百七十万円となる。これをホフマン式計算法により年五分の中間利息を控除して現在の額に引直すと金百八万円となる、これが本件事故によつて直が受けた損害の総額である。原告等は直の相続人としてその相続分に応じて被告等に対する右損害賠償請求権を相続したわけであるが、原告等は直の死亡により政府より労働者災害補償法による災害保険金三十六万六千三百十五円の給付を受けていることは原告等の自認するところであつて、労働者災害補償法による保険給付は、労働者が業務上の災害を蒙つた場合、それが第三者の不法行為に因ると否とに拘わりなく、労働者を救済する立前から一定の規準に従い画一的に一定の金額を支給されるもので、それが民法上の不法行為による場合には必ずしも損害の全額を補償されるものとは限らない。それで右災害補償法による保険給付を受けたからと云つて、これによつて私法上の損害賠償請求権が一切消滅するものとは謂えない。然し乍ら右の災害保険金を受けた限度においては、私法上の損害の賠償を受けたわけであるから、この限度においてはこれを控除すべきものと解するのが相当である。よつて原告等の被告等に対する請求金額は前記の百八万円から右給付を受けた災害保険金三十六万六千三百十五円を控除した金七十一万三千六百八十五円となり、これを原告等の相続分に応じて計算すれば原告フミエは金二十三万七千八百九十五円、その他の原告は各金十五万八千五百九十六円となる。被告代理人は労働者の遺族が労働者災害補償法による保険給付を受けたときは、遺族賠償請求権は全部政府に移転するもので、原告等は最早被告等に対し請求することを得ないものであると主張するけれども、労働者災害補償法による保険金の本質を前記のように理解する限り(右保険金の限度において被告等の賠償義務が政府に移転することは考えられても)その理由のないことは多く謂うを俟たないところである。

次に原告等は一家の支柱である直の死亡により精神上甚大な苦痛を受けたことは勿論のことであるから、被告等は原告等の右精神上の損害をも賠償すべきもので、その数額は原告等の社会的境遇、年令本件過失程度等一切の事情を綜合して原告フミエの分は金八万円、その他の原告等の分は各金二万円を相当と認める。それで被告等は前記財産上、精神上の損害金合計、原告フミエに対し金三十一万七千八百九十五円、その他の原告等に対し各金十七万八千五百九十六円と、本件訴状送達の翌日であることが記録によつて明らかな昭和二十九年十月二十二日以降年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるわけである。

それでその余の判断を省略し原告等の本訴請求は右の範囲において理由があり正当だからこれを認容し、その余は失当として棄却することゝし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九條、第九十二條を、仮執行の宣言について同法第百九十六條を各適用し主文の通り判決する。

(裁判官 島信行)

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